吉田代表スピーチ全文|EFL Club創立30周年
投稿日:2026.09.24
EFL Club創立30周年記念パーティーにて、吉田代表が30年にわたる歩みを振り返りながら、これまでの想いと、英語教育にかけてきた情熱を語りました。当日の吉田代表によるスピーチ全文をご紹介します。
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この場をお借りして、EFL Clubの誕生と歴史ということで、お話しさせてください。
今から30年前、1996年7月21日。今日は3人の娘たちも会場に来ておりますが、三女の芽衣が生後3ヶ月を迎えたばかりの頃、私たちは地下鉄ひばりヶ丘駅前で、EFL Clubを立ち上げました。
まずは、ローラと私が出会っていなければEFL Clubは存在していないので少しだけ出会った時の話をします。
当時、2人とも同じ日本の商社に勤めていて、私は国内の営業、ローラは海外事業部に所属していました。偶然、同じ日に東京に転勤になり、その夜の歓迎会で隣り合わせに座っていたのが始まりです。
その後、結婚をする事になり、その時に、商社の仕事は辞めないし、オーストラリアにも住まないと約束しましたが、長女の瑠美が、生まれて半年後には、ローラからオーストラリアに帰りたいという話が出てきました。私は観念し、会社を辞めてオーストラリアに移住する決心をしました。私にとって、海外での生活は、初めてでしたが、前世がオーストラリア人だったのかと思えるくらい楽しく生活を送っていました。
長女の瑠美が3歳くらいになり、ローラには英語で、私には日本語で話すようになり、「これが、スイッチが切り替わるように2か国語を話せる、バイリンガルなのか」と強く印象に残ったのを覚えています。しかし、次女の小雪が生まれ、2か月後に重度のてんかんを発症し日本に治療のために帰国しました。
最初の1年間は、発作が毎日200回くらいあり、まったく成長が出来ず、寝返りもハイハイも何もできない状態でしたが、1歳になるころ奇跡的に発作が止まり、通常の2倍ぐらいのスピードで成長していきました。
その過程を目の当たりにし、「この子は発作がなければ、正常に発育できるんだ」と希望を持ち、リハビリテーションで、作業療法や言語療法などを積極的に受けさせながら、私たちは、”人間はどのように成長していくのか”、”言語はどのように獲得していくのか”、”脳の仕組みはどのようになっているのか”など、必死に勉強したのを覚えています。
今となっては、EFLのために勉強させられたとも思えるくらいです。残念ながら、小雪は2歳になるころ、また発作を再発させ、今でも24時間介護が必要な状態です。
長女がバイリンガルへと育っていくプロセスと次女のてんかんを発症という経験。これらを通して、「人間の脳は成長の過程で、脳の様々な部位が刺激をしあいながら絡み合い、ある一定の臨界期に向けて成長を続ける。言葉もその中の一つで、言語に関しては、その子供が置かれている状況、場面、五感とダイレクトに結び付きながら真似をし、想像し、パターンを認識し、学習能力に合わせながら、言語を習得していく事」に気づきました。
この成長の過程に合わせ、英語を日本の子ども達に教えていけば、”絶対に日本語で考えずに英語が話せるようになる”。そう確信した私は、当時、ローラに「一緒に英会話スクールを立ち上げよう」と持ちかけました。
ところが、ローラの最初の返事は、あっけなく「英語だけで教えたらお客さんが増えない!」と大反対でした(笑)。そこで私は、「じゃあ、1年だけ試してみよう」と彼女に持ちかけたのです。
私には、ローラの生い立ちや、勤勉さ、高度に日本語を習得した経験などを考えると絶対に成功できるという確信がありました
少しだけ、ローラのお父さんを紹介させていただきます。残念ながらもうお亡くなりになりましたが、オーストラリアのオペラ界では、とても有名な方でした。ブリスベン・オペラハウスを設立したり、シドニーオペラハウス20周年記念公演のプロデュース、シドニーの公園内で数千人規模の野外オペラ公演を何年も開催した人で、オーストラリアのWho is Who100人にも選ばれた人です。
ローラは、小さいころからオペラやミュージカルなどに身近に触れていて、表現する能力や人を引き付ける能力が非常に高かったので、カリキュラム、ティーチングメソッドなどを完璧に作り上げてくれると信じていました。最初は、手探りでしたが、すぐに、ローラのほうがのめり込み「1年だけ」と言って始めたスクールが、気づけばこうして30年も過ぎてしまいました。
1990年代当時、子どものバイリンガル教育に関する研究は、世界でもまだ全く進んでいませんでした。教科書も正解もない時代です。私たちは、あくまでも自分たちの子どもたちを通して「脳の仕組みやその可能性」を信じ、生徒さんたちに「母国語を覚える環境を整え、英語だけで英語を教える教育」を貫くことにしました。
開校当時は、体験に来られた方に、0歳から高額の月謝で英語を教えるなんて詐欺みたいとか、すぐに教室は潰れるんじゃないですかなど色々な事をたくさん言われましたが、それもいい勉強でした。開校して、10年以上が過ぎ、小さいころから通われていた生徒さんたちが、中学校で英語の学習を始めると、たくさんの良いフィードバックをいただくようになったり、レッスン中の英会話のレベルの高さを確認できるようになり、EFLの考え方、教え方は、間違っていなかったと確信できるようになりました。
私たちの直感と実践が間違っていなかった事が、科学的にも現在は証明されています。2011年TEDで、ワシントン大学教授で脳科学研究所所長のパトリシア・クール氏が『赤ちゃんは語学の天才』という講演を行いました。私たちが信じてやってきた「言語を覚える脳の仕組み」が、科学的にも完全に正しいことが証明されたのです。
そして、今現在EFLに通われている生徒さんたちを含め、30年間で、約4,000人の生徒さんたちが、EFL Clubのカリキュラム、ティーチングメソッドを通し、英語を学ばれてきました。中には、約19年もの長い間、大学卒業まで通い続けてくれた生徒さんもいます。
学校の英語にはリンクしていなく、実践的な英語を身に付けてもらうことがEFLのコンセプトですので、私たちは副産物的に捉えていますが、多くの日本のトップの難関国立、私立大学に合格者を送り出しています。イタリアのミラノ大学医学部に合格された生徒さんもいるとも聞いていますし、赤ちゃんだったお子様がEFLで英語を学び、たくさんの生徒さんが世界に羽ばたいて活躍をしています。
私たちの考えを信じ、通い続けてくれた生徒さんたち、通わせ続けていただいた保護者の皆様、厳しいローラに頑張って付いて来てくれた外国人講師たち、EFLの考えをしっかり理解し、ローラと私の間で板挟みにあいながらも(笑)、誠実に生徒さんや保護者の皆様と関わり続けてくれた日本人スタッフたち。これこそが、私たちの誇りであり、最高の宝物です。30年間本当にありがとうございました。
そして、ローラへ
ローラの努力と、「日本の子どもたちに英語を話せるようになってもらいたい」という強い信念があったからこそ、時代が変わっても、EFL Clubに通う子どもたちの英語力は衰えることなく受け継がれてきました。それを支えてきたのは、ローラが諦めずに改善を重ねてきたEFL Clubのカリキュラムとティーチングメソッドです。
お互いたくさんの問題を乗り超え、喧嘩もたくさんしてきたけど、本当に楽しい30年間でした。
ありがとう!
最後に、3人の娘たちへ
瑠美、小雪、芽衣、あなた達がいなければ間違いなくEFL Clubは誕生していなかったし、30年間も続いていませんでした。親として、あまり関わってあげられなかったことが心残りですが、間違いなく、あなた達3人がEFL Clubの歴史と希望そのものです。
ありがとう!
ご清聴、ありがとうございました!
吉田代表と3人の娘さんたち





